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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)11754号 判決 1987年11月13日

原告 日本デーツ販売株式会社

右代表者代表取締役 安田龍彦

右訴訟代理人弁護士 木嶋繁雄

同 安藤一郎

被告 日本デーツ食品株式会社

右代表者代表取締役 青野望

右訴訟代理人弁護士 飯塚信夫

主文

一  原告が被告に対しイラク産デーツに関する別紙記載内容の契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外株式会社龍巳企画(以下「龍巳企画」という。)の代表取締役である訴外安田龍彦(以下「安田」という。)は、昭和五七年八月三一日、訴外日本デーツ食品株式会社(本店所在地・茨城県鹿島郡大野村大字津賀字須賀田八四三番三号、代表清算人・中西達次郎、以下「旧日本デーツ食品」という。)の代表取締役であった訴外上野信善(以下「上野」という。)との間で、旧日本デーツ食品が輸入するイラク産デーツ(なつめやし果実、以下単に「デーツ」という。)の第一次ないし第三次加工食品を、龍巳企画に継続して専属的に販売せしめる旨の別紙記載内容(ただし、契約当事者は、「原告」を「龍巳企画」と、「被告」を「旧日本デーツ食品」と、それぞれ読み替える。)の「一手販売代理店契約」と題する契約(以下この契約を「本件契約」という。)を締結した。

2  原告は、昭和五八年三月一日龍巳企画から本件契約上の地位を譲り受け、そのころ旧日本デーツ食品もこれを承諾した。

《省略》

5  被告は、原告に対し、旧日本デーツ食品と被告とは別個の法人格を有するものであるから旧日本デーツ食品の債権債務を承継しない旨主張して、原告が被告に対し本件契約上の権利を有する地位にあることを争っている。

《省略》

五 抗弁

1  本件契約の無効

本件契約締結当時、龍巳企画の代表取締役であった安田は、旧日本デーツ食品の取締役も兼任していた。したがって、本件契約は、商法二六五条に違反し、無効である。

2  本件契約の解除

本件契約は、代理商契約であるところ、原告が本件契約に基づく旧日本デーツ食品との取引において誠意を示さないために同社の在庫が増加するばかりで利益が計上できなかったので、同社は、昭和五八年一一月七日原告に対し、本件契約を解除する旨の意思表示をした。

《省略》

七 再抗弁

1  (抗弁1に対し)

(一) 龍巳企画が本件契約上の地位を原告に譲渡した際、旧日本デーツ食品がこれについて承諾した。

(二) その後、原告と旧日本デーツ食品との間で本件契約に基づく取引が行われた。

(三) 以上の事実からすると、本件契約締結については、旧日本デーツ食品の取締役会の事前の承認があったか、少なくとも事後の追認があったものとみるべきである。

2  (抗弁1に対し)

仮に、本件契約締結について旧日本デーツ食品の取締役会による承認または追認が認められないとしても、本件契約は、安田が上野の懇請により締結したものであること、その他右1(一)、(二)の事実経緯に照らせば、現時点において、本件契約締結について旧日本デーツ食品の取締役会による承認または追認が存しない旨を被告が主張することは信義則に反し許されない。

3  (抗弁2に対し)

本件契約には、旧日本デーツ食品が同契約を一方的に解除することはできない旨の約定があった。

《以下事実省略》

理由

一  被告は、本案前の主張として、原告の本訴請求が確認の利益を欠く旨を主張する。しかしながら、本訴における原告の請求は、原告が被告に対して別紙記載内容の本件契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるものであるところ、右記載にかかる契約内容は、デーツの継続的売買に関する契約当事者間の基本的法律関係を定めたものであることが明らかであるうえ、後記のとおり、被告は、原・被告間に右契約に基づく法律関係が存在することを争っているのであるから、原告の右請求は、原・被告間の紛争の根本的な解決を図るため、現在の具体的な法律関係についての確認を求める趣旨のものとして、確認の利益があるというべきである。

よって、被告の本案前の主張は理由がない。

二  請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、同2の事実が認められるので、龍巳企画と旧日本デーツ食品との間の本件契約締結行為の無効及び旧日本デーツ食品による本件契約の解除を主張する被告の抗弁、並びにこれに対する原告の再抗弁について判断する。

1  (抗弁1及び再抗弁1、2について)

抗弁1の事実は当事者間に争いがなく、本件契約の締結は、商法二六五条により取締役会の承認を要する取引に該当するものというべきところ、旧日本デーツ食品の取締役会において、本件契約の締結について事前の承認又は事後の追認がなされたことを認めるに足りる明確な証拠はない。

しかしながら、本件契約は、旧日本デーツ食品が輸入するデーツの販売を安田に行ってもらうべく、旧日本デーツ食品の設立者で当時の経営者であった上野が安田に懇請して締結されたものであり、安田は、右締結後の昭和五七年一一月に旧日本デーツ食品の取締役を退任し、昭和五八年二月原告を設立したこと、原告は、本件契約の約定に基づき同契約上の地位を龍巳企画から譲り受け、田中がその経営の実権を握った旧日本デーツ食品との間で同年五月ころから同年一一月まで本件契約に基づく取引を行ったこと、しかるに、同月に至って旧日本デーツ食品が原告に対して本件契約の解除を通告し、その後旧日本デーツ食品と実質的に同一会社である被告が設立され、旧日本デーツ食品が解散したことなど、後記認定の事実経緯に照らせば、被告が原告に対し、商法二六五条により旧日本デーツ食品の取締役会の承認を要する本件契約の締結が右取締役会の承認を欠き無効である旨主張することは、信義則に反し許されないものというべきである。

よって、抗弁1は理由がない。

2  (抗弁2及び再抗弁3について)

抗弁2の事実のうち、旧日本デーツ食品が昭和五八年一一月七日原告に対し、本件契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがないが、《証拠省略》によれば、本件契約中に再抗弁3記載のとおりの約定があったことが明らかである。そして、右約定は、原告の債務不履行、その他本件契約の存続を著しく困難ならしめる特段の事情が生じないかぎり、旧日本デーツ食品において右契約を解除することが許されないことを定めたものと解されるところ、後記のとおり、本件契約に基づく取引を開始した昭和五八年五月ころから旧日本デーツ食品が解除の意思表示をした同年一一月までの間、原告の営業活動は販路拡大の作業段階にとどまり、その販売実績はさほど伸長しなかったものの、その主たる原因は、工場の機械設備の故障等により、商品の生産が予定量に達しなかったことにあったものと認められ、本件証拠関係上、本件契約上の債務不履行が原告にあったこと、又はその他に本件契約の存続を著しく困難ならしめる特段の事情が存在したことを肯認することはできない。

よって、抗弁2も理由がない。

三  次に、原告は、請求原因4記載のとおり、旧日本デーツ食品の解散及び被告の設立は専ら旧日本デーツ食品が原告に対して負担する本件契約上の義務を免れる目的で行われたものであり、被告は本件契約の当事者たる旧日本デーツ食品と実質的に同一の会社であるから、原告に対して旧日本デーツ食品と法人格を異にする旨主張することは信義則に反し許されないと主張するので、この点について検討する。

右4(一)及び(三)ないし(五)の各事実、並びに(二)のうち、原告と旧日本デーツ食品との間で交渉が行われたこと、旧日本デーツ食品が同社の所有する不動産や設備機械を育英に売却し、スガヤホームズとの間の土地売買契約における買主の地位を育英に譲渡したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》並びに前示争いのない事実を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  旧日本デーツ食品は、上野が昭和三六年に食料品の輸入、販売等を目的として設立した会社であった。上野は、昭和五六年ころからイラクの公社と交渉した結果、旧日本デーツ食品がイラクからデーツの輸入をほぼ独占的に行いうる見通しをつけたが、同社には輸入したデーツを加工・販売するに必要な工場等の設備や資金がなく、同社の販売力だけではデーツの輸入事業の規模の拡大を図ることができない状況にあった。そのため、上野は、昭和五七年三月ころ安田に対し、旧日本デーツ食品の取締役への就任と、同社が輸入したデーツを加工して一手に販売するための会社を設立するよう依頼した。安田は、当時龍巳企画を経営し、同社の代表取締役であったが、同社の業務内容は建築及び内装工事等であって食料品とは関係がなかったため、上野の右要望を受けて、デーツの加工・販売専門の新会社を設立することにし、昭和五七年五月旧日本デーツ食品の取締役に就任し、あわせて同社の株式の一部を取得した。しかし、新会社の設立には準備期間が必要であったので、上野と安田は、とりあえず、旧日本デーツ食品と龍巳企画との間でデーツの継続的取引に関する契約を締結し、安田が新会社を設立した後に龍巳企画の右契約上の地位を新会社に移転させることとして、昭和五七年八月三一日本件契約を締結した。安田は、後記のとおり、昭和五七年一一月に旧日本デーツ食品の取締役を退任しているが、昭和五八年二月上野との約束どおり旧日本デーツ食品が輸入するデーツの加工・販売を主たる目的とする新会社として原告を設立し、同年三月龍巳企画の本件契約上の地位が原告に譲渡された。

2  一方、上野は、旧日本デーツ食品の取締役であった訴外辰巳稔(以下「辰巳」という。)の紹介で育英の経営者である田中を知り、同人から申し出もあったので、昭和五七年八月ころ同人に対し、デーツの輸入事業を拡張するため、旧日本デーツ食品に対する工場建設等の資金援助を依頼した。田中は、右依頼を受け、昭和五七年一一月以降育英から旧日本デーツ食品への資金援助が開始された。田中は、右資金援助の条件として、同人が旧日本デーツ食品の株式の過半数を取得すること、旧日本デーツ食品の役員の三分の二程度を同人の支配下に置くこと、同人が旧日本デーツ食品の「経営権」を取得することを要求し、上野も依然同人が旧日本デーツ食品においてデーツの研究開発及び営業に関する権限を維持することを条件にこれを了承した。そして、田中と上野の右合意に従い、昭和五七年一一月二五日旧日本デーツ食品の役員のうち上野と辰巳を除く役員全員が退任し、田中の関係者が新たな役員に就任するとともに、田中自身は代表者取締役に就任し、また、田中やその関係者、関係企業が旧日本デーツ食品の株式の過半数を取得して、以後旧日本デーツ食品の経営に関する権限は田中が一手にこれを掌握することとなった。育英の資金援助により、昭和五八年四月旧日本デーツ食品の加工工場が茨城県鹿島郡大野村に完成した。

3  田中は、旧日本デーツ食品に対する資金援助を開始する際には、本件契約が締結されていた事実を知らず、デーツの販売は上野自身が担当し、旧日本デーツ食品と他の業者との間に本件契約のようなデーツの販売に関する継続的な契約関係は存しないと思っており、昭和五八年二月ころ初めて本件契約の存在を知った。田中は、本件契約の存在を知らせなかったことにつき上野を非難したが、右契約が存在する以上は、一応安田ないし原告にデーツの販売を委ねるほかないと判断した。そして、旧日本デーツ食品は、新工場における操業が開始されてから昭和五八年五月ころ以降同年一一月まで原告との間で本件契約に基づく取引を継続したが、機械設備の故障等により新工場における生産は予定量に達せず、そのため、その間の原告の業務活動も販路拡大の作業段階にとどまり、さほど販売実績は伸張しなかった。

4  田中は、原告との間の契約関係を断つことが旧日本デーツ食品の経営上得策であると判断し、取締役会で、上野の反対を押し切って本件契約を解除することを決め、右解除の意思表示を弁護士飯塚信夫に依頼し、同弁護士は、旧日本デーツ食品の代理人として、昭和五八年一一月七日付で龍巳企画及び原告に対し、本件契約を解除する旨の意思表示をした。

5  原告は、右解除の意思表示を受け、旧日本デーツ食品と本件契約に関する紛争の処理について交渉を重ね、自ら解決案の提示を行うとともに、旧日本デーツ食品からの解決案の提示を求めたが、旧日本デーツ食品は、それを示さず、原告に対する商品の供給を停止するに至った。そのため、原告は、昭和五九年二月一五日東京地方裁判所に旧日本デーツ食品を被告として一手販売代理店契約存在確認訴訟(昭和五九年(ワ)第一四五一号事件)を提起した。

6  ところで、旧日本デーツ食品は、昭和五七年一一月以降育英から継続的に多額の資金援助を受けていたが、右解除の意思表示後の昭和五八年一一月二二日増資を行い、その増資分の株式はすべて育英がこれを引き受けた。田中は、同月三〇日業務多忙のため旧日本デーツ食品の取締役を辞任したが、以後も資本面、人事面を通じて、事実上、同社経営の実権を握り、同社の経営は、唯一の大口債権者である育英の資金援助によって支えられていた。

7  旧日本デーツ食品は、本件契約に関する原告との交渉中の昭和五九年一月、売買代金をもって育英からの右借入金に対する返済に充てることを理由にして、前記工場の敷地及び建物並びに工場の設備機械一式を育英に売却するとともに、スガヤホームズから買い受けた右敷地の一部の土地の分割代金が末払いであったために同社との売買契約上の買主の地位を育英に譲渡した。そして、旧日本デーツ食品は、育英から右工場の建物及び敷地並びに機械設備一式を賃借して同工場での生産を続けながら、昭和五九年五月には当時所有していた什器備品類や電話加入権等をも育英に譲渡した。

8  また、旧日本デーツ食品は、昭和五九年一月二七日臨時株主総会を開催し、田中の意向により他に特別な理由もないのに、同年二月一日同社の本店所在地を東京都新宿区西新宿二丁目一番一号から前記工場のある茨城県鹿島郡大野村大字津賀字須賀田八四八番三号に移転する決議を行い、同月一〇日その旨の登記を了した。更に、旧日本デーツ食品は、同月九日付で同社を解散する件を議案とする臨時株主総会の招集通知を発送し、同月二四日開催された株主総会で右議案の成立を図ったが、株主の地位にあった安田等の反対によって一旦否決された。しかし、その後旧日本デーツ食品の解散に反対する立場に立っていた上野は、同年六月二二日に同社の代表取締役から、同年九月一八日に同じく取締役から解任された。そして、同年一一月八日改めて取締役会で旧日本デーツ食品の解散決議がなされ、同月二八日開催の定時株主総会において安田ほか一名を除く株主全員の賛成多数で右決議が可決され、同社は解散した。旧日本デーツ食品は、原告が提起した前記訴訟において、本件契約が商法二六五条に違反して無効であること及び本件契約は有効に解除されたことを主張していたが、解散決議後は、清算手続中であることを理由に訴えの利益がなくなったと主張するに至った。

9  前記のとおり、旧日本デーツ食品が本店所在地を移転し、所有していた主要な固定資産等の会社財産をすべて育英に譲渡し、原告が前記訴訟を提起した直後の昭和五九年五月三一日、旧日本デーツ食品の従前の本店所在地であった東京都新宿区西新宿二丁目一番一号に本店を置き、旧日本デーツ食品と全く同一の商号を有する被告が育英の全額出資により設立された。被告は、その目的を、①食料品の輸入販売、②食料品の加工販売、③農産業に関する技術プラントの輸出、④肥料、飼料の製造販売、⑤前各号に附帯する一切の事業と定めているが、これらはすべて旧日本デーツ食品が定めていた目的と同一であり、被告が現実に行う主要な営業内容も旧日本デーツ食品と同一のデーツの輸入販売事業である。また、被告が使用する事務所は旧日本デーツ食品のそれと全く同一であり、被告は、旧日本デーツ食品が育英に譲渡した前記固定資産等の会社財産をそっくり育英から賃借して事業を行い、旧日本デーツ食品の従業員も解雇等に通常伴う社会保険関係等の諸手続がとられないまま、全員被告の従業員となるなど、被告と旧日本デーツ食品との間に人的物的設備の面で差異はない。更に、被告の役員は、取締役五名のうち三名、監査役二名のうち一名がそれぞれ当時の旧日本デーツ食品の取締役、監査役であり、田中も改めて被告の取締役に就任した。そして、被告も旧日本デーツ食品と同様に、事実上、田中がその経営に関する権限のすべてを掌握する会社である。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

そして、右認定の事実関係のもとにおいては、旧日本デーツ食品と被告は実質上同一の会社であり、被告は、旧日本デーツ食品の経営の実権を握る田中が、旧日本デーツ食品を原告との間の本件契約に基づく権利義務関係から実質的に離脱させる意図の下に、会社制度を濫用して、設立した会社にあたるものといわざるをえない。被告は、上野の放漫経営のために旧日本デーツ食品の事業が伸長せず、大口債権者の育英ともども倒産するおそれも生じたため、経営陣の刷新を図るべく育英の意向により被告の設立及び旧日本デーツ食品の解散が行われたのであって、その経緯に原告主張のような意図はなかった旨主張し、《証拠省略》にはこれに沿う供述部分も存するが、これらは、その余の前掲各証拠により認定できる前示の事実経緯に照らすと合理性に欠け、にわかに採用することができない。

したがって、いわゆる法人格否認の法理により、被告が、原告に対し、被告と旧日本デーツ食品とが別異の法人格であると主張することは、信義則に反して許されず、請求原因4の原告の主張は理由があるものというべきである。

四  そうすると、原告は、旧日本デーツ食品に対すると同様、被告に対する関係においても本件契約上の権利を有する地位にあることを主張しうるところ、請求原因5の事実は当事者間に争いがない。

五  以上の次第で、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 尾方滋 裁判官 大淵武男 相澤哲)

<以下省略>

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